売り手である私たちは、高機能・多機能な製品なら差別化できると思いがちです。
こうした“足し算”思考は中小企業にとって、とても危険な考え方です。
なによりもまず、お金や技術などの制約がある中小企業でそれができるのでしょうか?
また、高機能・多機能な製品を、お客様は本当に望んでいるのでしょうか?
むしろ、お客様はシンプルな製品を望んでいるかもしれません。
中小企業は製品で差別化を目指すことはできるのか!?
経営者なら誰しも、最高のモノをお客様に届けたいという思いがあるでしょう。
最高の製品や最高のサービス(ここで言う“サービス”はサービス業で提供するモノ)を提供したいというのは、もちろん良い心構えです。
しかし、私たちは“最高”という呪縛に囚われ、無理をし過ぎていないでしょうか?
というのは、“最高”を目指すためには何かとお金が掛かったり、多大な労力を必要とするものだからです。
たとえば、画期的な新機能を開発するためには、研究開発に多額のお金を費やさなければならないでしょう。
また、お客様に手厚いサービスを提供するためには、従業員誰でも同じサービスが提供できるように教育訓練にお金をかけなければなりませんし、新たに人も雇う必要があるかもしれません。
そう考えると、人やお金などの経営資源に限りがある中小企業が“最高”を目指すのはかなりハードルが高いと言えるでしょう。
製品で差別化を目指さなくても良い理由!?
ここで言う製品での差別化は、製品“自体”(本体)を高機能・多機能化するということです。
確かに、高機能・多機能は確かに一消費者として惹かれるものがあります。
また、高機能・多機能製品の広告を目にすることが多いので、それらがアピールポイントになっていなければ売れないのではないかと思ってしまいがちです。
しかし、静岡県立大学の岩崎邦彦教授が1000人の消費者に対して実施した調査によると、彼らは決して高機能や多機能を製品に求めていないことがわかります(「引き算する勇気」日本経済新聞社)。
製品の多機能について消費者がどのように感じているかという調査によると、「機能が少なすぎる」と感じている消費者は1000人のうち1人もいなかった(つまり0%)ということです。
反対に「多すぎる」は41.3%、「やや多すぎる」は43.8%で、なんと85%強の消費者は現代の商品は“機能が多すぎる”と感じているのです。
では、高機能はどうでしょうか?
同調査では、「余分な機能を削ぎ落とした商品を買いたいかどうか」についても消費者に聞いています。
「そう思う」が24.5%、「ややそう思う」が49.7%です。
全体の75%弱はシンプルな機能を求めていることがわかります。
反対に「あまりそう思わない」は4.4%、「そう思わない」はわずか0.9%、つまり高機能を求めている消費者は全体の5.3%にすぎません。
「まぁ、そういう調査結果があるならそうでしょうよ。しかし、同じ品質なら機能が多い方がいいんじゃないの?」
このように思うあなたに、さらに興味深い調査結果を紹介しましょう。
同調査で「同じ品質なら多機能の商品とシンプルな商品のどちらを選択するか」について聞いています。
その結果は「ややシンプルな商品」が38.6%、「シンプルな商品」が13.4%です。
反対に「多機能な商品」は3.6%、「やや多機能な商品」が16.6%。
つまり、たとえ“同じ品質”であってもシンプルな商品を望む消費者が52%もいるのです(反対に多機能を望む消費者は20.2%でシンプルな商品を望む消費者の半分以下)。
この結果は驚愕すべき数字です!!
高機能や多機能にすれば、製品は差別化され、お客様は喜んで買ってくれるだろうという私たち売り手のイメージを覆すからです。
この調査結果は、お客様を度外視して機能を高めたり、機能を付加してもほとんど意味のないことを示しています。
あなたはこの結果を見てもまだ、“最高”の追求という孤高の道を進もうとするでしょうか?
「高機能・多機能=高付加価値=売れる」は本当なのだろうか?
私たち売り手側が製品について高機能や多機能を求めてしまうのは、それが高付加価値につながり、それに対してお金を払ってくれるお客様は多いだろうと考えているからでしょう。
しかし、前述の調査結果から高機能や多機能にしても買いたいと思う人は少ないのですから、機能的な高付加価値ならば多く売れるという考えは幻想であることが分かります。
そもそも“価値”の評価についての主導権はあくまでお客様にあるので、高機能・多機能がかえって“使いづらい”とか“使うことがない”と感じるならお金を出す価値がないと判断するのは当然のことです。
また、消費者が求める性能も天井知らずというわけではなく、上限があります。
たとえば、同じデザインで一方は時速280キロ出る自動車、もう一方は時速500キロ出る自動車があったします。
どちらを選ぶかと言えば、おそらく多くの人は最高速度280キロの自動車でしょう。
なぜなら、500キロ出ても現実の運転環境を考えると意味がないからです。
つまり、顧客が求める性能を超えた製品を提供しても顧客はそれに価値を感じないのです。
とすると、顧客は他の部分の性能(例えば燃費など)で製品の優劣を判断するようになります。
要するに、高機能・多機能で製品を差別化したから多く売れるものではないですし、また顧客が求める性能に上限がある以上、それを超えてしまったら異なる性能で再び競合と激しい技術開発競争を戦い続けていかなければならなくなります。
だから、中小企業にとって高機能・多機能での差別化をするのは上策ではないと言えます。
足し算ではなく、引き算だ!!
国内大手家電メーカーが縮小・撤退するのかで、存在感を増しているアイリスオーヤマという会社を知っているでしょうか?
製品開発の極意は“引き算”であると大山社長は言います。
「消費者側に立てば、何よりも重要なのは“手ごろなお値段”なのだから、それを実現させるためには“なくてよい機能”は思いっきり絞り込む」
この考え方は岩崎教授の調査結果と合致しています。
参考 ➡ なぜいま家電?アイリスオーヤマ
“引き算”は何も製造業に限った話ではありません。
サービス業でもよりよいサービスをお客様に提供したいと考えて“足し算”してしまいます。
たとえば、リッツカールトンのサービスが素晴らしいと聞けば、それを自分のビジネスでも取り入れたいと考えるのはまさに“足し算”思考です。
この“引き算”思考では、企業側の意向といったプロダクトアウト的な発想ではなく、顧客のニーズをくみ取ったマーケットイン的な発想で機能を絞ることが重要であるのは言うまでもありません。
大山社長の言う“なくてもよい機能”は「会社にとって」ではなく、「顧客にとって」“なくてもよい機能”ということです。
アイリスオーヤマはペット用品や園芸用品で成長してきましたが、開発担当者は実際にペットを育て、園芸を手がけるといった体験をもとにした製品開発を実践してきました(同社では「シーン・マーケティング」と呼んでいる)。
当然のことながら、生活シーンの中から不便や不満を探り出すというシーン・マーケティングは家電の製品開発でも活かされています。
たとえば、エアコンであれば、「寒い冬に外出先から帰宅し部屋が温まるまで寒さを我慢する」という単身社員の不満をスマートフォンでの操作で解決し、その他の先端機能(フィールターの自動掃除など)を捨てます。
まさに「“引き算”する勇気」を持てば、モノが売れないと言われる業界でもまだ成長できることをアイリスオーヤマの事例は示しているのではないでしょうか。
なお、製品の差別化するためのポイントについては以下の記事を参照ください。
関連記事 ➡ 差別化の3つの誤解と違いを生み出す3つの切り口!
まとめ
既存の商品・サービスに何か付け足せば、多くのお客様が買ってくれるわけではありません。
諸外国に比べて高機能・多機能な日本製品が苦戦しているを見ればわかると思います。
特に経営資源の乏しい中小企業は、この“足し算”思考から“引き算”思考に転換する必要があります。