中小企業の会計処理のルールに「中小企業の会計に関する指針(以下、中小会計指針)」があります。
中小会計指針にもとづき、決算書を作成しているところは、まだ少ないでしょう。
しかし、このルールに拠って決算書を作成している会社が少ないからこそ、適用すればあなたの会社の信用力は他と比べて各段にアップします。
信用力アップは、たとえば銀行から借入するときに有利に働きます。
特に、スケールアップを狙う起業家は、早い段階から中小会計指針を適用するといいでしょう。
中小会計指針を適用して、経営管理のしっかりした会社になりましょう。
1.中小会計指針はなぜ作られたのか?
中小会計指針ができる前にも、株式会社である中小企業は計算書類(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書及び 個別注記表)を作成していました。
建前上、この計算書類は「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準(以下、会計基準)」を規範とし、具体的な規定が会計基準において定められていない場合など、一定の状況下で法人税法の定める処理を参照し作成したものです。
会計基準は、企業規模に関係なく、取引の経済実態が同じなら、会計処理も同じであるべきものです。
ですので、本来は中小企業もこの会計基準を適用すべきということになります。
また、この会計基準には中小企業の特性を考慮した簡便的な方法が設けられている場合もありますので、中小企業が適用できないというわけではありません。
しかし、上場会社と同じように、中小企業がこの会計基準に完全に準拠することは必ずしも合理的であるとは言えません。
なぜなら、投資家の意思決定の役立ちを重視するこの会計基準を、投資家をはじめ会計情報の利用者が限られる中小企業において、一律に強制適用することは、コスト・ベネフィットの観点から必ずしも適切とは言えないからです。
とはいえ、この会計基準に準拠しないとなると、中小企業が拠るべき適切な会計基準がないということになります。
中小企業の会計は配当制限や課税所得計算などの利害調整の役立ちに、より大きな役割が求められます。
また、中小企業においては、経営者自らが企業の経営実態を正確に把握し、適切な経営管理に資することの意義も、会計情報に期待される役割として大きいでしょう。
こういった点を考慮しつつも、計算書類の質的な水準を一定に保つ必要があるため、中小企業が拠るべきことが望ましい中小会計指針が作られたわけです。
2.中小会計指針の適用対象
中小会計指針の主な適用対象は、株式会社である中小企業です。
その他、特例有限会社(旧商法での有限会社)、持分会社である合名会社、合資会社又は合同会社も適用が推奨されています。
なお、会社法によって計算書類を作成しなければならない中小企業が適用対象なので、個人企業(個人事業主)は適用されません。
また、公認会計士や監査法人の会計監査を受ける株式会社(上場会社など)はより厳しい会計ルール(企業会計基準)が適用されるため、中小会計指針は適用対象外です。
3.中小会計指針で決算書を作成すべき理由
中小会計指針に従って決算書を作成することにより、金融面、政策面などでメリットがあると説明されます。
確かに、そういったメリットはありますが、本質的なことではありません。
中小会計指針を適用することの本質的な意味は、あなたの会社に「信用」を与えることなのです。
中小会計指針に従って決算書を作成すると信用が付与されるので、適用しない会社に比べて金融面などで優遇されるわけです。
ちなみに、中小企業の会計ルールとして、「中小企業の会計に関する基本要領(以下、中小会計要領)」があります。
中小会計要領は、経理人員が少なく、高度な会計処理に対応できる十分な能力や経理体制を持っていない中小企業に適した会計ルールです(中小会計要領についてはこちらの記事で解説しています)。
中小会計基準は中小会計要領より「厳しい」会計ルールですので、より大きな「信用」を得ることができます。
4.中小会計指針を適用すると今までと何が変わるのか?
実務上、中小企業が会計処理をするにあたって、法人税の定める処理に拠っていることが多いでしょう。
しかし、中小会計指針を適用すると、そこで規定される処理が優先されるため、法人税で定める会計処理は次のような場合でないと認められません。
- 会計基準がなく、かつ、法人税法で定める処理に拠った結果が、経済実態をおおむね適正に表していると認められる場合
- 会計基準は存在するものの、法人税法で定める処理に拠った場合と重要な差異がないと見込まれる場合
中小会計指針を適用した場合と今までの会計処理で何が違うのかを、減価償却費を一例に見てみましょう。
法人税法では減価償却費は任意償却が認められています。
つまり、法人税法で規定された償却限度額以下であれば、その範囲内で自由に減価償却費を計上することが可能です。
利益が出ないときに、法人の裁量で減価償却費を計上しないこともできるわけです。
一方、会計基準は、恣意性によって会計処理が歪められることをとても嫌います。
実際、中小会計指針でも減価償却費については次のように定められています。
有形固定資産の減価償却の方法は、定率法、定額法その他の方法に従い、耐用年数にわたり毎期継続して適用し、みだりに変更してはならない。
つまり、決定した減価償却方法により「毎期規則的」に計上していかなければならず、利益が少ないからと言って、減価償却費をゼロにすることはできません。
これは厳しいと感じる人もいるかもしれません。
しかし、会計基準にもとづく決算書には、減価償却費を計上しないなどの利益を出すための会計操作が行われていないと決算書を利用する側(例えば銀行)もわかっているため、決算書の信頼性が高まるのです。
中小会計指針の適用により会計処理が高度になってしまい、自分の会社には難しいのではないか感じる人もいるかもしれません。
中小会計指針に拠ることで、ついていけないほど難しくなるということはありませんし、むしろ自社の経営状態についてわかりやすくなることのほうが多いでしょう。
また、適用をためらう経営者は、業績が厳しい時に、会計をいじることで利益を出すことができなくなるということに不安を感じるかもしれません。
しかし、銀行などの決算書の利用者は、口で言わなくとも会計操作されている決算書か、そうでないか簡単に見抜くので、会計操作で利益を出しても好印象を与えることはできません。
5.中小会計指針を適用した場合のメリット
信頼性の高い決算書を作成すれば、メリットを得られるのは当たり前のことです。
たとえば、「中小会計指針」に従った中小企業を支援する貸付制度が日本政策金融公庫にあります(中小企業経営力強化資金)。
なお、融資の際には「中小企業の会計に関する指針の適用に関するチェックリスト」が必要ですが、作成は顧問税理士に依頼すればいいでしょう。
また、民間金融機関にも、中小会計指針を利用した決算書を作成した企業に向けた無担保融資商品があります。
日本税理士連合会HP:中小企業会計指針チェックリストを活用した無担保融資商品等
なお、これらの金融商品を利用するために、なぜチェックリストが必要とされるのかを補足説明しておきましょう。
それは、会社がいくら会計基準にもとづいて決算書を作成したと言っても、本当かどうかわからないからです。
ですので、チェックリストによって、外部の専門化である税理士などの検証が必要なのです。
まとめ
中小会計指針など適用して決算書を作成しても大して意味はないと感じるかもしれません。
しかし、あなたが思う以上に、中小会計指針は信用力アップに貢献するでしょう。
もし、中小会計指針が意味のないものであるなら、法務省、金融庁及び中小企業庁の協力のもと、日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所及び企業会計基準委員会の4団体が、このような会計ルールを改めて作成するはずがないからです。
今後、ますます中小会計指針を適用する会社とそうでない会社との違いが国の政策や金融面で出てくるでしょう。
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